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DONUT WORKSHOP REPORT

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「子ども達が育つ環境づくりは、大人の視点から」

さて今日は、壬生児童館さんでの親子講座のリポートです。
会場は近隣の体育館にて、年齢は1歳~3歳までの子ども達とお母さん、約60組の人が参加してくれました。
まずはブルーシートを使って遊びながらウォーミングアップです。
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みんなで一緒にシートで遊ぶもよし。
それには入らず広い体育館を走りまわったってよし。
寝ころがるのも気持ちがいいし。
お母さんやお友達が参加するのを見てるのも面白い。
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ここはその全部がOKだから、わが子の感覚に寄り添いながらゆっくり過ごしてくださいね。と遊びながら、この空間の過ごし方を伝えさせてもらいました。

そうして、いよいよお絵かきワークショップがスタートです。

全長20Mのロール紙に、子どもたちは思い思いに色を乗せたり、線や絵を描いていきました。
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子ども達を見ていると、絵の具で遊ぶ面白さも様々です。
意図をもって絵を描こうとしている人もいれば、
自分の体の動きが筆跡として残るから、その反応、自分の体の使い方に面白さを感じている人もいます。
筆が紙につくときのベタッ、それを動かしたときのスーッという感触が心地良い人もいるし、
筆と絵のぐが手足につく感覚を楽しんでいる人もいます。
ほかにも、長く続く色の道を歩こう・走ろうという人や、クレヨンで描く人もいます。
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そういう子どもたちの反応は、絵の具の色以上にカラフルだなぁと思うのでした。
楽しみ方、感じ方はちがいましたが、イキイキとした表情だけはみんな共通していましたよ。

今回、もう一つ印象的だったのは、お母さん達や先生達の子どもを見るまなざしです。
すこしだけ紹介しましょう。

「子どもたちを見ているのが、とても楽しいです。」

といって、本当に楽しそうに話しかけてくれたのは、児童館の先生でした。
「楽しい」と思えるのは、それだけ子どもたちの色々な思いと表現をキャッチしているからでしょう。

お母さん達も穏やかでした。
絵の具まみれのわが子をニコニコとみているお母さん。
「うちの子は何を描くのだろう。」とワクワクしているお母さん。
「今日はクレヨンの気分みたい」と無理に筆をおしつけないお母さん。
みなさん、周りにいる他の子ではない、わが子を見てました。

良い雰囲気だなぁと思いながら、声をかけたりして回っていると、
みんなが絵の具で遊んでいる場所からは少し離れて、ステージの階段をのぼったり、おりたりするわが子をほほえましく見守っていたお母さんが、こんなことを言ってくれました。

「わが子にたっぷり寄り添っていこうよ、って最初にコンセプトを話してもらえたから。
心おきなく子どもと過ごしてられます。」

子育て広場、子育てサロン、etcそれらはいうまでもなく、子どもたち一人ひとりの興味・関心・発見・育ちを保障する空間です。
しかしこの意識は、保育や発達をお専門的に学んできた現場の先生にとっての認識というだけで、お母さん達は、僕や先生達が思っている以上に色々な心配や気遣いをしているのかもしれません。

こちらが丁寧に伝えることが、お母さんたちの眼差しをいっそう優しくなることにつながるのなら、それはとても大切な役目の一つだなぁと、あらためて思いました。

最後は子どもたちが遊んでいる中で、お母さんたちにはほんのちょっとだけ耳をかたむけてもらい、「自信」と「育つ場所」二つの話をさせてもらいました。

子どもたちが育つ場所。

思い思いに、自分の好き・興味・関心・発見と向き合う子どもたちがいて。
それを見守る親たち、大人たちがいる。

ここから、はじめていきましょう。

壬生児童館のみなさん、ありがとうございました(*^^*)
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by doughnut-official | 2013-06-25 23:09 | 親子のWS | Comments(0)

「遊びと人間」

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先週•今週と二週にわって、文教大学は青山先生の「遊びと人間」の授業に特別講師として呼んでいただきました。

青山先生には昨年度の「遊びと自然」「コミュニティと社会教育」につづき、三度目のお声がけをいただきました。
青山先生のお気持ちとコーディネート力、そしてご縁に感謝です。
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さて、二回目の授業は青山先生との対談形式。子どもの遊びの話から、学びの話、子どもと大人、仕事とボランティア、個人の価値観と社会の価値観、など色々と広がっていきました。

学生達の感想の中で印象深かったのは、個人と社会が対立していると考えている人がけっこういるということ。

「個人を大切にしたら、社会とはあわなくなる。だから個人は抑えて社会に合わせていくのが大人だし、教育なのだ。」という視点でした。

なので、僕としては、個人も大切だし、社会も大切だし、そのちょうどよいバランスをそれぞれ、その都度、確認していくのは面白さの一つではないかと、お話しさせてもらいました。

また就活中の人もいるとのことで、その意識は社会人になろうとしてるのか、それとも会社人になろうとしてるのか、
と仕事に対する意識の違いについてもお話しさせてもらいました。

今回の授業を通して、二人が話した「遊び」。
それは、行為としての遊びだけでなく、ハンドルのあそびのような、社会の価値観や常識に対する余地として「あそび」だったように思います。

個人と社会、大人と子ども、仕事と遊び、仕事とボランティアなど、何でも二極化して、「この一つの視点だけが正しい」というのではなく、「一つのことにも色々な視点があるんだなぁ。」と、そんな提案が学生たちに伝えられればと思いました。

そういう意味で、様々な遊びの体験を通して、広がる価値観の「あそび」。
それはきっと卒業後のいっそうのワクワクに変わっていくことでしょう。

感想の中からもう一つだけ紹介したいと思います。それは

「私は二年間ずっと迷っていることがあったのですが、やることにしました!ありがとうございます!」

というのもの。
とくにそういう話をしたわけではないのですが、講義そのものの枠を超えて、力になれたようで、それも嬉しいことでした。

そして、僕はこの感想こそ、実は「遊び」というものの深さを表してるように思います。

遊びとは、行為そのものというよりも、本人に主体性があるかどうかが鍵になるもので。本人がやってみたいかどうかで、遊びにもなり、作業にもなります。
だから、遊ぶとは、つまり自分の思いや興味•関心に対して素直に行動することともいえるでしょう。

好きなものを好きという。

やってみたいと思うことをやってみる。

この学生さんが「遊び」を考えることから、このような決意表明にまで至った道程にはいくつもの価値があるように思えます。

あっという間の二回、180分。
僕自身とても楽しい時間となりました。

青山先生、学生の皆さん、ありがとうございました(#^^#)
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by doughnut-official | 2013-06-22 16:44 | 研修会・講演 | Comments(0)

「表現しあう面白さ」

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こんにちは!
さて今回は、高根沢第二幼稚園さんでの研修会のリポートです。

まずは、先月日光の子どもたちと盛り上がった、
「遠足に何をもっていく?」
というワークショップをやりました。

先生達のバッグは、ハンドバッグにトートバッグ、リュックにキャスターつきバッグなど用途と好みに合わせて種類は色々でありましたよ。
もちもの(つれていく)なども色々です。
ハンカチ、ちりがみ、お財布からはじまり、愛犬を連れていくという先生、
のどあめや・薬、ウコンの力をもっていくという先生もいるし、
雨傘や専用のシャンプーをもっていくという先生もいます。
シェフをつれていくという先生もいれば、宇宙旅行セットをもっていく先生、さらには希望と夢をつめていくという先生もいました。

話を聞いていくと、皆さん説明してくれる想像のディテールがなんとも細かいこと。
その姿をみていると、先生達がふだんいかに子どもとの想像の遊び、ごっこ遊びの世界で、子どもたちによりそっているかというのが見えてくるようでもありました。
思い思いのアイデアを熱心に紹介してくれる先生たちのおかげで、僕も一瞬にして仲間になれた気持ちでした。

現実的なアイデア、空想のアイデア、まさに十人十色の個性を見せてもらいましたので、
このやりとりをふまえて、ここからは理論編です。
表現しあう中で大切だと思うことを伝えせてもらいました。

まず、一番に共有したこと。それは、
「なぜ表現するか」
ということでした。

先生達とえんそくバッグを作ったのは、先生達の工作のスキルを見るためではありません。
一人ひとりがどんなことを考えたかをコミュニケーションするためです。

「あまりうまく作れなかったんですけど…」
「作りは簡単なのですが…」
最初はこのような遠慮した声が、先生達の中でも聞こえてきました。
しかし、お互いのアイデアを知れば知るほど、そうした不安は吹き飛ばしてもらえたようです。なぜなら上手い下手の価値観など、はるかに超える一人ひとりの魅力を実感できたからです。

互いに表現しあうことで、
共感しあえたり、
あるいは共感ではなく違いを認め合えたり、
そういうやりとりこそが表現の一番の醍醐味だろうと、確認しあいました。

そして、もう一つ。
「試行錯誤」「葛藤」の大切さというのも伝えさせてもらいました。
表現は見えないことを、見えるようにする活動です。
それが簡単なわけはありません。
表現というと、作品として残る以上、つい結果ばかりに目がいきがちですが、
「育ちの時間」においては、うまくいったり、失敗したり、その経験を何度もできること自体に大きな価値があるのでしょう、と。

こんな二つのポイントを軸にして、色々と実践的な子どもたちとの関わり・視点についてお話しさせてもらいました。
先生たちも、非常に共感してくださり、
「工作に対する考え方の楽しさがふえた!」
「早く子どもたちとやってみたい!」
「子どもたちにも会ってほしい!」
と嬉しい感想をたくさんいただきました。ありがとうございます(^^)

***

今日はもう一つだけ印象深かったエピソードを紹介したいと思います。
それはこちらの園長先生の言葉です。
たくさんの素敵な言葉を聞かせてくださったので、皆さんにもおすそわけしましょう。

「結果よりもプロセス、そして心だと思うんだ。」

「幼稚園は汚れにくるところだよ。」

「自分の好きなこと・やってきたことしか、子どもたちには教えられないと思う。」

どれも力強く、優しい言葉でした。
そして、僕が中でもとくに一番印象深かった言葉、それは、

「ありがとう。」

でした。
僕が園内を見せてもらっているとき、お部屋の鍵をあけてくれた先生に
「ありがとう。」
教室を見ているとき、普段の子どもたちの様子を紹介してくれた先生に
「ありがとう。」

一人ひとりに「ありがとう」と感謝の言葉を丁寧に伝えていました。

ありがとう。

教育・保育の現場では、大人が子どもに言わせようとする場面はたくさんあっても、大人が心から素直に言っている場面というのは意外と見ないように思います。

このような園長先生のまっすぐな姿勢も、
園の先生達、そしてなにより子ども達のイキイキにつながっているのかなと思いました。

高根沢第二幼稚園の皆さん、そしてご縁をつないでくださった田代さん、
本当にありがとうございました(*^^*)
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by doughnut-official | 2013-06-19 15:19 | 研修会・講演 | Comments(0)

「つながりあそび・うた研究所まっちゃん」

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つながりあそび・うた研究所のまっちゃんこと町田浩志さんが、なんと僕のホームタウンであります越谷に研修会にいらっしゃるとのご連絡をいただきました。そこで研修の後にお会いしてきました。

子どもたちのこと
親たちのこと
先生たちのこと
社会と文化
東北支援

色々なことをおしゃべりしました。
まっちゃんは歌。
僕は絵や工作。
表現の方法は違いますが、互いの根っこにある思いには、重なる部分がたくさんあり。
「これからなにか一緒に楽しいことがはじまりそうだね。」とワクワクする、あっという間の二時間でした。

本当にたくさんの学びとワクワクと感動をいただきましたが、その中から一つだけおすそわけしたいと思います。

まっちゃんは研修会の会場がステージであるとき、会場のあかりは
ステージ照明ではなく、客席の方の電気をつけてもらうそうです。
なぜなら、研修にきている先生たちの顔がよく見えるから。

僕はこの姿勢にとても共感、感動しました。
この場がまっちゃんのコンサートであるならば、ちゃんと舞台の照明だけをつけた方が、まっちゃんの歌っている姿はずっとスペシャルに見えるのでしょう。
でも、あえてそれをしない。
まっちゃんは言います。

「主役は子どもたちだからね。」

素敵です。
研修会で、講師と先生たちに距離があったなら、それはそのまま、園や学校での、子ども達と先生の距離になるのでしょう。
でも、そんな距離いらないんですよね。
だって、輝くのは講師でも、先生でもなく、子どもたちなんだから。

それをゴールにしたら、講師と受講者なんて関係ない、みんな同じ仲間。

まん中にはいつも子どもたちがいる。

この視点こそが、子どもの育ちとかかわるプロとしての根っこだと、あらためて思いました。

主役は誰なのか?

僕自身、いつも問い続けながら、進んでいきたいことです。
まっちゃん、ありがとうございました(*^^*)
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by doughnut-official | 2013-06-15 11:45 | NEWS | Comments(0)

「大人目線の時間感覚 子ども目線の時間感覚」

こんにちは!
どんどんと色々な園さんの報告を書いていきたいのですが、今日はその前に先日の続きをもうすこしだけ書きたいと思います。
もし前回未読の人は、もあしよろしければこちらからお読みください。 「みえやすい保育 みえにくい保育」
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こんな風に、じっくりと進めていく子どもたちの場面に出会うと、
毎回確認させてもらうことがあります。
それは、大人が自分の目線で感じる時間の感覚と、子どもの目線で感じる時間の感覚の違いです。

僕は子どもたちの活動の「時間」が記録できるように写真をこまめに撮るようにしているのですが、今回のワークショップでは、彼女が考えて、時々周りの様子を伺い、作り、悩み、また作り、写真をとって、というまでには1時間という時間がありました。
そして、彼女の作る手に迷いが見られなくなるまでには、30分ほどの時間がありました。
その間、僕が彼女にかけた言葉はさっきの一言だけ。
あとは、じっくりとAちゃんの全部の行動を見守るという関わりをしていました。

さて、この30分という時間。
それも元気に遊んでいる、積極的に活動しているように見える子どもではなく、
何かを考えていたり、動きが止まっていたり、そういう子どもの30分。

この時間をどう見るのか。
その見方によって、子どもとの関わり、そして場の雰囲気は大きく変わってくるように思います。

それではまず大人の目線、つまりその活動の提案者(保育士や先生、講師)という目線でみてみたいと思います。

周りの子たちがどんどん作りはじめていく中で、ポツリと考えているAちゃん。
そんなAちゃんに対する、自分中心の目線というのは次のようなものではないでしょうか。

・Aちゃんやっていないなぁ。
・自分の導入や説明が至らなかったからだろうか。
・このままでは、周りの先生から私の保育(教育)の実力がないと評価されてしまうかもしれない。

そんな視点で考えはじめたら、この30分はとても不安で長い時間になるでしょう。
「何かフォローをしなくては。」
とAちゃんに対する自分のアプローチばかりが浮かび、
目の前のAちゃんの姿をちゃんと見ていられなくなります。

一方で、子どもの目線、作る本人の目線で見てみると、これがまた全然違います。
Aちゃんの目線

・何を作ろうかな。
・ああいうのも作りたい、こういうのも作りたい。
・どうやって作ろうかな。
・なにか工夫できるかもしれない。

そんなことを考えているなら、30分というのはとてもワクワクするあっという間の短い時間です。そして、そんな子どもの姿がみえきたら、こちらもじっくりと、楽しみに待っていられます。
僕はこの、子どもの目線の時間感覚というのが大切だと思います。

Aちゃんのような場面を前にして、

「どうしたの?」
「わからないかな?」
「一緒にやってみようか?」

まっさきにこんな声かけなきゃと思う先生もいるでしょう。

でもその時は、もう一度考えてみてください。

自分が言葉をかけようとする先には、誰の姿が見えていますか?

自分の言葉がけによって、よりイキイキと活動すその子の姿ですか?
それとも、
その子が他の子と同じように活動を始めて、ほっとする自分の姿ですか?

子どもたち以前に、僕ら大人が焦ることはないと思います。
ゆっくりゆっくりいきましょう(*^^*)


p.s.
経験が少ない先生は、そういう子どもの姿をじっくりと見ること、待つことが不安だと思います。
だけど、こちらが声をかけたい気持ちをグッとこらえて待っていた先に、その子が自分の力で一歩踏み出すという場面がちょっとずつちょっとずつたまっていくと、こちらの信じる力もどんどんと増えていくように思います。

反対に、その不安を解消するため、
自分が子どもを乗せるような誘導的スキルばかりに意識がいってしまっては、
たしかに子ども達が「何もしていない」という場面は減るのでしょうが、
それはただ大人のレールに子ども達がのせられているというだけで、
子ども達の主体の育ちの時間ではなくなっていくでしょう。

ですから今こそがんばりどころ。

その方法の一つとして、僕は写真を撮るというのをおすすめします。

写真をとるといっても、「はいチーズ」といって子どもの笑顔をとるような、後で見て楽しむための写真ではなくて、子どもには気づかれなくていいし、ピントがあってなくてもいいから、メモのかわりに撮るのです。
たとえピンとがずれていても、後でみれば、なぜ自分がそのとき写真をとったか覚えているものですし、何より良いことは、写真には時刻がついているので、客観的にその子の行動と時間の記録が残るんです。これがとても便利。

例えばこんな感じです。
先生はクラスで制作の時間、一見とりかかってないようにも見えるBくんに気付きました。(この場面のBくんというのは、単純にやり方がわかっていなくて、先生からのフォローがもう少しあれば活動をはじめられるというような場面とはまた別の様子というのが前提です。)

「Bくん、どうしたんだろう。何か考えているのかな。」
と一枚パシャリ。これがスタートです。
その5分後
「まだ考えているのかな。それともほかに何かあるのかな」
ここでまた一枚パシャリ。
他の子にかかわっているうちに、気づけば10分後、
ふと気づくと、Bくんはすでに作り始めていました。
「あ、見逃しちゃった。」
ここで一枚パシャリ。

こうすると、あとで見返したとき、Bくんはこちらがはたらきかけなくても、
15分後には自分で作りはじめていたという記録がのこります。
その日のBくんの場面は見逃してしまったけど、記録は残っている。

すると、次の活動のときには、少なくとも15分はB君にたいして「何かフォローしなきゃ」という視点だけではなく「様子を見てみようかな。」と思えるでしょう。

経験の少ない先生、若手の先生が不安になるのは当然のことです。
だけどそれを解消するために
「子どもを動かす力」を身につけるのと、
「子どもが動きだすのを見る力、待つ力」を身につけるのでは、
全然違うことのように思います。

見えにくいけれど、
わかりにくいけれど、
そこにも確実にその子の育ちがあります。
本当の意味で、
子どもの力を信じていきましょう。
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by doughnut-official | 2013-06-12 07:32 | コラム・エッセイ | Comments(0)

「見えやすい保育(教育)の形 見えにくい保育(教育)の形」

みなさんこんにちは!
さて今回は、宇都宮市内の保育園さんにて5歳クラスの子どもたちとのリポートです。

「チョキチョキワールド」
今回は、はさみでチョキチョキと色々な形に切った色紙を見立てて遊んでいきました。

お家、動物、木や草花、新幹線、紙の形を見ながら子どもたちの発見は続きます。
中にはセロテープのツヤツヤを光沢にみたててダイヤモンドを作る子などもいました。
そして子どもたち同士でアイデアを共有したり、教えあったりもしながら、遊びは進んでいきました。
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そんな中で、一人じっくりと考えているAちゃんがいました。
今日はその場面を紹介しようと思います。
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画用紙を見つめ、熟考しているAちゃん。
少し離れたところから様子を伺っていると、どうやら今日の方法がわかっていないということではなさそうでした。でも、時々周りの友達の様子を見たりもしていました。

しばらくして僕がもう少し近くにいったら、その瞬間、Aちゃんは反射的に自分の絵が見えないように紙を折り曲げようとしました。

僕は子どもたちの様子を見るとき(はたらきかける時とは違う)はなるべく緊張させないように、自分の気配をださないようにと気遣うのですが、それでもAちゃんを一瞬、緊張させてしまったようでした。

と、ここで続きを書く前に、先に僕がふだん子どもたちと表現しあう上で、一番大切にしていることをお話ししようと思います。

それは安心です。

僕が考える、表現の場における安心とは、
言い換えると「否定されない」ということです。
自分の表現した「作品」が否定されないということはもちろんですが、
その「発想」自体を否定されないこと、 
それ以前に、その子が「考えている時間」や「試行錯誤や葛藤の時間」を否定されないことなどだと思います。
なぜなら、安心した空間でなければ、焦ったり、緊張したり、評価を気にしたりして、
自分の思いと素直に向き合うことができないようと思うからです。

このような考えから、僕はふだんのワークショップでは、一人ひとりに安心してもらうことを心がけえています。

にも関わらず、僕が思っていた以上にAちゃんは敏感に察知し、気にしてしまったようでした。

なので僕はAちゃんに、穏やかに言いました。
「ごめんごめん。ゆっくり作ってね。」
「好きなようにさ、思い浮かんだものを、何でも。」
「もし思うようにいかなかったときは、新しい紙を使っていいからね。」

時間に対する安心と、
発想に対する安心と、
失敗に対する安心を少しでも伝えられたらと思いました。

そしてそのあとはまた、少し離れたところから、ときどきニコッとアイコンタクトをしたりして、Aちゃんの思い、行動、全部に安心して制作にむかってもらえればという視点で関わっていきました。
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それから30分後。

「できたよ♪ロボット!写真撮って。」

彼女の方から作品を見せにきてくれました。
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僕のこうした関わりや意識が、彼女の制作に直接作用しているかどうかということは、彼女にしかわかりません。
僕の関わりにも意味があったかもしれませんし。
もしかしたら僕が勝手にそう思ってただけで、そこにたいした意味はなく、彼女は最初から最後まで真剣に、そしてマイペースに作っていたのかもしれません。

でも、考えていたAちゃんに対して、
大人が直接的にアドバイスをしたり協力するという形でAちゃんを、他律的に活動させるのではなく、
Aちゃんが自分でじっくりと考え、そして「写真をとってほしい!」と言いたくなる作品づくりができた。
それはつまり、このワークショップで彼女主体の育ちの時間を守れたということなのだと思います。
Aちゃんの姿は僕にとっても、嬉しいものでした。

***

僕は、先生や保育士の子どもたちに対するアプローチには、大きくわけて二種類あると思っています。
一つは、こちらから何かを提案したり、方法やアドバイスを伝えたり、一緒に活動する、
といった直接的なアプローチ。
もう一つは、子ども達が自分のペースで気づきや発見の時間を過ごせる環境づくり、雰囲気づくり、といった間接的なアプローチです。

この二種類には大きな違いがあります。
それは、それぞれのアプローチの質が良い悪いということではなく、見え方の違いです。

直接的なアプローチは、実際の行動・言動が中心なので、子どもたちや組んでいる先生、親の目にも見えやすいのです。
反対に間接的なアプローチは、環境設定だったり、声の柔らかさ、アイコンタクトなどなど、周りには見えにくいものです。

するとついつい、大人は直接的なアプローチに偏りがちになる。
なぜかというと、直接的な方が、周囲の大人に自分が保育をしているということが伝わりやすいから。

色々な現場をみていると、そんなことを思います。
しかし、見えにくいこと・わかりにくいことと、価値がないことは違います。
どちらも大切。

だから僕は目に見えにくい、この間接的な関わりの価値のほうも、皆さんともっともっと共有していければ嬉しいです。

参加してくれたみんな、ありがとうございました(*^^*)
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by doughnut-official | 2013-06-10 12:10 | 幼稚園・保育園などのWS | Comments(0)

「遠足に何をもっていく?」

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こんにちは!
今日は先日お呼びいただきました、日光は長畑幼稚園さんでのワークショップのリポートです。
今回の「遠足の前だから遠足をテーマに遊びたい!」とのリクエストでしたので、シンプルに「遠足に行こう!」ワークショップがスタート♪

まずは、それぞれ遠足に行くバックを作りました。
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そのあとはいよいよ今日のメイン。
バッグの中に入れる荷物をおえかきしました。
「遠足に何をもっていきたい?本当はもっていけないものでもいいよ。
準備できたら教えて♪」
僕がそういい、みんなは思い思いに荷造りをはじめました。

「お菓子でしょ。」
「お弁当。」
「あ、水筒も!」

まずは園足になくてはならない本当の持ち物を描いていきました。
ひとしきり持ち物がそろうと、ここからが想像と表現の醍醐味です。
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「みて、マクラもっていくんだよ!」とAちゃん
「マクラ?いつ使うの?」と僕
「おやつ食べたあと、みんなでゴロゴロしたら気持ちよいでしょ~!」とAちゃん
「いーねー!」とそれを聞いた周りにいた友達一同は歓声をあげていました。

たしかにゴロゴロしながら空を見上げて友達とおしゃべりなんて、めちゃくちゃ楽しいでしょうね。

今度はBくんとCくん。
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「僕は恐竜もつれていく!」
「僕はライオン!」

彼らが恐竜やライオンと一緒にお弁当を食べる風景や背中に乗って、遊んでいる風景、
想像するとたまりません。
「持っていきたい」という気持ちからは、彼らがふだん好きなものも見えてくるようでした。

こうして、みんなのバッグにはそれぞれたくさんの魅力的な持ち物がつめられていきました。
最後は、感動の持ち物を準備したDくんの持ち物を紹介したいと思います。
それがこれ。
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「これは?」と僕。
「雨と雲をもっていくんだよ。」とDくん。

僕はまた質問しました。
「雨と雲?え、なににつかうの?」

するとDくん。

「雨と雲をもってれば、晴れてるでしょ。」

雨と雲を自分のバッグに入れていれば、外に雨は降らない。
遠足の日は晴れる。

というのです。
どうですか、この想像力。

子どもたちの絵画や造形というと、まだまだ作品の出来栄えで評価されることは少なくありません。ですが、子どもたちが表現することの一番の面白さは、そんなところではないと、僕は思います。

何を思い、何を描き、何を作るか。

一人ひとりのそれが見えてくるのは、本当に面白いことです。


担任の先生は、そんな子どもたちの夢中な姿に涙を流していらっしゃいました。
僕はこの先生たちの素直さもあってこその、この子たちの姿なのだと思います。

子どもたち一人ひとりの様々な気づきや発見が生まれる空間と時間。
それらを表現し、共有できる仲間。
その子どもたちの姿に寄り添い、感動できる保育者。

こんな中で、子どもたちはのびやかに育っていくということを、あらためて実感させてもらいました。

絵を描いている最中、女の子たちから、こんなつぶやきが聞こえてきました。

「絵を描くのってさ、ワクワクするよね~!」
「ね~!!」

これこそが、表現活動の答えの一つであるような気がします。

何を持っていこうか、そしてそれをどんな風に描こうか、
それを考えて、想像して、心がはずむ。
描くことで実感して、また心が躍る。

みなさんの園や学校の子どもたちは、ワクワクするような表現の時間を過ごしていますか。

長畑幼稚園のみなさん、ありがとうございました(*^^*)
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by doughnut-official | 2013-06-03 18:15 | 幼稚園・保育園などのWS | Comments(0)