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DONUT WORKSHOP REPORT

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「遊びや表現において『わからない』はいつ生まれるのか」

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2歳の子ども達とワークショップをしている時に、
例えば、クレヨンやはさみに初めて出会った子は、

「わからない。」

とはいいません。
基本的に、目の前のことを探求することからはじめるからです。

わからないではなく、
「これはなんだろう?」
と考え、
遊んでいるようにも見えるかもしれないけど、
かなり真剣に考え、
触ったり、
動かしたり、
時には匂いをかいだり、
口にいれてみたりもしながら、
そのモノを理解しようと、
学びの時間を過ごす。

これが、子どもにとってのモノ・コトとの基本的な出会い方なのではないかと思います。

しかし、そんな子どもの中で、
いつのまにか
「わからない」
という言葉を使うようになる子達がいます。

それも、勉強的なものに対して「わからない」というのではなく。

遊びや、表現することに対して

「わからない。」

というのです。

それはなぜか。

子ども達はそれを自分では語りませんが、
僕が出会わせてもらった子ども達を見る限りでは、

それは、
その子の中に、「正解」という概念ができたから、

というよりも、
作られてしまったから

なのではないかと思います。

本来、
遊びに正解はありません。
表現に正解はありません。

にも関わらず、
「わからない」という。

それは、
近くにいる大人が、

「これは、こうするのよ。」
とか、
「ここは、もっとこうやるといいよ。」
とか、

表向き「教える」という形で、
「正解」を作り、
子どもの「間違い」を作った時に生まれるのだと思います。

しなかっただけの子が、
できなかった子になり、

「自分は違っている。」
という認識をもたされる。

そして、そんなやりとりばかりを繰り返していったら、
やっぱり間違えるのはイヤだから、
自分から動くことをやめて、

「わからない」

という。
これは自然なことだと思います。

それが一番楽だし、
なにより自分を守れます。

遊びや表現活動の中で子ども達が言う
「わからない」
の背景には、こんな流れがあるのではないかと思います。

****

なので、
「わからない。」
という子に出会ったら、
僕はまず
「安心を作ろう。」
と、親やクラスの担任とも話をするようにしています。

安心をつくる。

つまり
「間違ってもいいじゃん。」
ということや、
「そもそも間違いなんてないじゃん。」
という雰囲気を作ること。

それをどう作るのかっていうと、
言葉でストレートに伝えるときもありますが、
だいたいは、
穏やかに、ニッコリと笑って、ただそこにいれば、
けっこう解決してしまうように思います。

もちろん具体的な方法も色々ありますが、
まずは笑うこと。

明日も子ども達と笑顔溢れる一日になりますように(*^^*)
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by doughnut-official | 2015-02-09 22:18 | コラム・エッセイ | Comments(0)
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