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DONUT WORKSHOP REPORT

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「子どもの育ちは連続している」

さて、コラムの続きの前に、通常のワークショップの様子も書いていきますね(^^)

週末は越谷市増林保育所にて、親子講座でした。
こちらの講座もおかげさまで今年四年目となりまして、親子の皆さんも、先生達も楽しみにしてくださっています。

今回も新聞紙を使って色々な遊びをしました。
子どもたちは一つ、何かきっかけがあると、それを何倍ものアイデアで返してくれます♪
と、この姿はきっとみなさんも浮かぶと思うのですが、
実はパパやママも同じように何倍ものアイデアを見せてくれるんですよね。
遊びの引き出し、大人もほんとはいっぱいもっているんです。忘れているだけで。
だから、つい日常では見逃しちゃうような、ほんの少しのきっかけさえあれば、親子の遊びはどんどんと広がっていくのでした。
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数を重ねていくうちに、参加者の親子さん達とは自然とつながりができていきます。
その中に、昨年の春に出会い、すでに四回目の再会となった親子さんがいました。
この家族はいつもパパさん・ママさん・息子さん三人一緒に来てくれています。
そのパパがワークショップの最中、僕のところにきてこんな質問をしました。

「ひでちゃんさ、いつもそれぞれ自由にっていうじゃん?
でもさ、俺ら大人の世界ってそうじゃないよね。その点どう考えてるの?」

僕が答えます。

「僕は今だからこそ、大切にしてほしいなって思います。
学校教育は、中には素敵な先生もいるけど、基本的には、個より集団、協調のほうを要求されていきますし。そのことはきっと嫌でもわかっていきます。僕らもそうだっだでしょ。子ども時代ってそんなにバカじゃないです。でも今は特に、一番最初の自分の土台をつくる時期。だからこそ自分の好き・嫌いや興味関心をたっぷり発見して過ごしてほしいなって思うんです。
もちろん学校に行ってからも、親には土台の方を支える存在であってほしい。」

するとパパ。

「なるほどねぇ。たしかに、だんだん嫌でもそうなるかぁ。俺が子どものときもそんなだったのかなぁ。」

「もっと土台を守るすきまはあったんでしょうね。今は携帯にネットに、情報は何でも広まるし。何かといえばリスクをなくさなきゃという感じで。色々な面で窮屈な気はします。」

「たしかにねぇ。そうかぁ。うちの子、もう少しのんびり見ててあげたいなぁ。」

夢中になっている親子たちを見ながら、こんな話をしたのでした。

***

僕はこのパパさん、すごく良いなぁと思います。
なぜかというと、わが子の育ちを、自分自身の大人の価値観にまで膨らませて,考えているから。

というのも、
教育現場や保育現場では、子どもの育ちが部分で切り取られることが少なくないんですよね。
例えば小学生を思い浮かべてみてください。
小学生たちのゴールは「立派な中学生になる」という部分で切り取られることが多いです。
上級生になるほど、とにかくがんばらさせられる。
「もうすぐ中学生なんだから!」なんて言われて。
では、中学校に入ってみるとどうでしょう。
一年生に逆戻りです。

幼稚園や保育園で「立派な小学生」を目指してきた一年生も同様です。
園ではがんばってきて、入ってみたら、今度は「まだ一年生だから。」なんて甘くみられたりします。

それは失礼な話でしょう。

小学一年生は、6年という時間(正確には一人ひとり6年と数か月)をしっかり育ってきているし、
中学一年生は12年という時間をしっかり育ってきているのですから。

もっといえば、
年中クラスだって年長クラスになるための時間じゃないし、5年生だって6年生になるための時間じゃない。

子どもたちは小学生や中学生に向かって、ぶつ切りに育っていくんじゃなくて、
生まれた時からずっと、大人に向かって、連続して育ち続けているのです。

子ども達一人ひとりの「今」という時間は、大人の決めた区切りで結果を出すための準備時間にはなっていませんか。

親や先生が、わが子やクラスの子どもに対して、何かしらの疑問や焦り、課題などを感じたときは、一度、その子の育ちをもっともっと広い視野、つまり大人になるまで広げて考えてみるといいのかもしれません。
広い視野でみてみると、立派な小学生・中学生になるため、大人が「~させなければ」と思っていたことも、また少しちがって見えてくるように思います。

5歳の息子の時間から、パパ自身の大人の社会までを考え、あらためて、今はわが子のペースを受けとめていこうとしたパパさんはとっても素敵でした♪

増林保育所の皆さん、ありがとうございました(*^^*)
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by doughnut-official | 2013-05-01 07:37 | コラム・エッセイ | Comments(0)
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